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2009-04-29 [現代思想・入門]

ハイデガー存在論への展開
「存在」そのものへの問い
 『存在と時間』
  第一部 現存在を時間性へむかって解釈し、存在への問いの超越的地平として時間を究明する 
    第一編 現存在の準備的な基礎分析
  第一章 現存在の準備的分析の課題の提示
第九節 現存在の分析論の主題
 現存在の性格
  1 現存在の「本質」はそれの実存(Existenz)にある
     客体的存在というような存在様相は、現存在には本質上あてはまらない。
     「現存在」という名称は、それが何であるかを表現せずに、存在を表現している。
     essentia に対する 《existentia》 の優位

  2 現存在には各自性という性格が備わっている(現存在は各自性によって規定されている)。
     現存在がそのつどどのあり方において私のものであるかは、
     事実上いつもすでにとにかく決定されている。
     現存在は、いつも己の可能性を存在しているのであって、
     それをただ客体的な属性として「持っている」のではない。

 現存在の本来性、非本来性
  現存在はその本質上、可能的に本来的なもの、己に託されたものであるから、
  自己を失ったとか、まだ獲得していないとかいうことがありうる。
  本来性、非本来性という二つの存在様態は、
  現存在が各自性によって規定されているということに基づいている。     

 現存在の存在論的な解釈においては、
 特定の実存の差別相で解釈するのではなく、それがさしあたりたいてい身をおいている
 無差別の相で解釈するように努める。 

 平均性   現存在の日常的無差別相
  際だった差別のない現存在の日常性は、無差別の相であっても無ではなく、かえって
  この存在者の積極的な現象的性格の一つ。
  あらゆる実存は、このような存在様相のなかから出てきて、そして
  そのなかへ帰っていくというありさまで存在する。

 現存在の平均的な日常性においても、その非本来性の様態においてさえ、
 実存性の構造はアプリオリに含まれている。

 実存範疇
  現存在の分析論で究明されるすべての成果は、
  現存在の実存構造を見越して得られたもので、実存性に基づいて規定されるのであるから、
  このようにして得られる現存在の存在性格を、すべて実存範疇となづける。
  該当する存在者は、誰かと呼ばれ、その存在は実存である。

 カテゴリー   現存在的でない存在者の存在規定
  λόγος においてさまざまな仕方で呼びとめられ言説される存在者に
  アプリオリに備わっている諸規定を包括している。
  該当する存在者は、何かと呼ばれ、その存在はもっとも広い意味における客体性である。

 実存範疇とカテゴリーとは、存在の諸性格の二つの根本様態である。

 現存在の実存論的分析論
  存在問題そのもの と、
  「人間とは何であるか」という問いの哲学的究明のために
  明らかにしておかなくてはならないアプリオリな原理を顕わにすること の達成に力を添える。
  いかなる心理学、人間学、まして生物学よりも先にあるものである。

第一〇節 人間学、心理学および生物学に対する現存在の分析論の境界設定
 実存論的分析論の意図を哲学史的に例解する
  デカルトの cogito sum
   ego(われ)の cogitare(思惟する)を考究したが、
   ego の sum(あり)は、まったく究明されずにいる。
  我々の分析論は、この sum の存在へ存在論的な問いを向ける。

 主観、心、意識、精神、人格など(「成形可能な」現象境域を呼ぶもの)の名称を用いるとき、
 こう呼ばれる存在者の存在問題への著しい無感覚が伴う。

 ディルタイ 「精神科学的心理学」の意義   「生」への問いの途上に立っていた

 フッサール、シェーラー 人格性の解釈
  「人格として存在すること」そのものをたずねる問いを、もはや立てない。

 古代的=キリスト教的人間学
  1 人間の定義 animal rationale(「理性的動物」)という意味で解釈された
    ζῷον λόγον ἔχον の存在様相は不明のまま

  2 神学的な手引き 「《われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造ろう》」
    キリスト教神学の人間学は、これに基づき人間の解釈を得てきた。
    存在論的にみれば、神の存在が古代存在論を用いて解釈されたのだから、
    人間はなおさら古代存在論にしたがって解釈されたのである。
    キリスト教的な定義は、近世を経て非神学化された。 が、
    「超越(人間は自己を超えでていくものである)」という発想は、教義学に根ざし、
    教義学は、人間の存在を存在論的に問題にしたことがあるとは主張できないであろう。

 人間の存在様相を問うときに、人間学や
 心理学や生物学のなかには、存在論的に十分な根拠のある一義的な答えが欠けている。

第一一節 実存論的分析論と未開的現存在の解釈、「自然的世界概念」を取得することの困難さ
 未開的現存在=未開人

 民俗学   前節で述べた諸学科と同じ事態がみられる

 カッシラー 『象徴的形式の哲学』   神話的現存在を哲学的解釈の主題にした。

 「自然的な世界概念」という理念の開発
  「世界」そのものが現存在の構成契機であるとすれば、
  世界という現象を概念的に開発するためには、現存在の根本的構造への洞察が要求される。



                                             09-05-01 再掲
                      09-04-28 の誤字訂正済み (正)個体化 (誤)固体化


 
 


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