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2009-06-21 [現代思想・入門]

2 吉本隆明のマルクス主義、戦後民主主義批判と蓮實重彦との対話
3 蓮實重彦、柄谷行人のポスト構造主義的アプローチ
4 山口昌男、栗本慎一郎、浅田彰、中沢新一の現代思想の取り込み方



フーコー・ドゥルーズ・デリダ (1978年) (エピステーメー選書)

フーコー・ドゥルーズ・デリダ (1978年) (エピステーメー選書)

  • 作者: 蓮実 重彦
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 1978/02
  • メディア: -



反=日本語論 (ちくま文庫)

反=日本語論 (ちくま文庫)

  • 作者: 蓮實 重彦
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1986/03
  • メディア: 文庫



表層批評宣言 (ちくま文庫)

表層批評宣言 (ちくま文庫)

  • 作者: 蓮實 重彦
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1985/12
  • メディア: 文庫



マルクスその可能性の中心 (講談社学術文庫)

マルクスその可能性の中心 (講談社学術文庫)

  • 作者: 柄谷 行人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1990/07
  • メディア: -



日本近代文学の起源 (講談社文芸文庫)

日本近代文学の起源 (講談社文芸文庫)

  • 作者: 柄谷 行人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1988/06
  • メディア: 文庫



隠喩としての建築

隠喩としての建築

  • 作者: 柄谷 行人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1983/03
  • メディア: -



人類学的思考 (1971年)

人類学的思考 (1971年)

  • 作者: 山口 昌男
  • 出版社/メーカー: せりか書房
  • 発売日: 1971
  • メディア: -



文化と両義性 (岩波現代文庫)

文化と両義性 (岩波現代文庫)

  • 作者: 山口 昌男
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2000/05
  • メディア: 文庫



知の遠近法 (岩波現代文庫)

知の遠近法 (岩波現代文庫)

  • 作者: 山口 昌男
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2004/10
  • メディア: 文庫



幻想としての経済 (1980年)

幻想としての経済 (1980年)

  • 作者: 栗本 慎一郎
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 1980/12
  • メディア: -



経済人類学 (1979年)

経済人類学 (1979年)

  • 作者: 栗本 慎一郎
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 1979/12
  • メディア: -



パンツをはいたサル―人間は、どういう生物か (カッパ・サイエンス)

パンツをはいたサル―人間は、どういう生物か (カッパ・サイエンス)

  • 作者: 栗本 慎一郎
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 1981/01
  • メディア: 新書



構造と力―記号論を超えて

構造と力―記号論を超えて

  • 作者: 浅田 彰
  • 出版社/メーカー: 勁草書房
  • 発売日: 1983/09
  • メディア: 単行本



逃走論―スギゾ・キッズの冒険

逃走論―スギゾ・キッズの冒険

  • 作者: 浅田 彰
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1984/01
  • メディア: 単行本



チベットのモーツァルト

チベットのモーツァルト

  • 作者: 中沢 新一
  • 出版社/メーカー: せりか書房
  • 発売日: 2000
  • メディア: 単行本






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2009-06-20 [現代思想・入門]

PART 6  フランス思潮は日本の現代思想にどのような影響を与えてきたのか?
日本におけるポスト戦後思想の現在とは?     竹田青嗣
1 現実感覚によって戦後マルクス主義は崩壊した
2 吉本隆明のマルクス主義、戦後民主主義批判と蓮實重彦との対話
3 蓮實重彦、柄谷行人のポスト構造主義的アプローチ
4 山口昌男、栗本慎一郎、浅田彰、中沢新一の現代思想の取り込み方


共同幻想論 (角川文庫ソフィア)

共同幻想論 (角川文庫ソフィア)

  • 作者: 吉本 隆明
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1982/01
  • メディア: 文庫



定本 言語にとって美とはなにか〈1〉 (角川ソフィア文庫)

定本 言語にとって美とはなにか〈1〉 (角川ソフィア文庫)

  • 作者: 吉本 隆明
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2001/09
  • メディア: 文庫



心的現象論序説 改訂新版

心的現象論序説 改訂新版

  • 作者: 吉本 隆明
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1982/03/31
  • メディア: 文庫



マス・イメージ論

マス・イメージ論

  • 作者: 吉本 隆明
  • 出版社/メーカー: 福武書店
  • 発売日: 1984/07
  • メディア: -



大衆としての現在―極言私語 (1984年)

大衆としての現在―極言私語 (1984年)

  • 作者: 吉本 隆明
  • 出版社/メーカー: 北宋社
  • 発売日: 1984/12
  • メディア: -






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2009-06-19 [現代思想・入門]

【構造主義からポスト構造主義へ】に関する主要人物の解説とキーワード

F・ニーチェ (1844-1900)

ニーチェ全集〈第10巻〉善悪の彼岸・道徳の系譜 (1980年)

ニーチェ全集〈第10巻〉善悪の彼岸・道徳の系譜 (1980年)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 理想社
  • 発売日: 1980/06
  • メディア: -



ニーチェ全集〈第11巻〉権力への意志 (1980年)

ニーチェ全集〈第11巻〉権力への意志 (1980年)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 理想社
  • 発売日: 1980/07
  • メディア: -



G・バタイユ (1867-1962)

呪われた部分 (ジョルジュ・バタイユ著作集)

呪われた部分 (ジョルジュ・バタイユ著作集)

  • 作者: ジョルジュ・バタイユ
  • 出版社/メーカー: 二見書房
  • 発売日: 1973/01
  • メディア: -



エロティシズム (1973年) (ジョルジュ・バタイユ著作集)

エロティシズム (1973年) (ジョルジュ・バタイユ著作集)

  • 作者: ジョルジュ・バタイユ
  • 出版社/メーカー: 二見書房
  • 発売日: 1973
  • メディア: -



G・デュメジル (1898-1986)

K・ゲーデル (1906-1978)

A・グリュックスマン (1937- )

現代ヨーロッパの崩壊 (1981年)

現代ヨーロッパの崩壊 (1981年)

  • 作者: アンドレ・グリュックスマン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1981/05
  • メディア: -



ルネ・ジラール (1923- )

欲望の現象学―文学の虚偽と真実 (叢書・ウニベルシタス)

欲望の現象学―文学の虚偽と真実 (叢書・ウニベルシタス)

  • 作者: ルネ・ジラール
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 1971/01
  • メディア: 単行本



暴力と聖なるもの (叢書・ウニベルシタス)

暴力と聖なるもの (叢書・ウニベルシタス)

  • 作者: ルネ・ジラール
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 1982/01
  • メディア: 単行本



G・ドゥルーズ

ヒュームあるいは人間的自然―経験論と主体性 (1980年) (エピステーメー叢書)

ヒュームあるいは人間的自然―経験論と主体性 (1980年) (エピステーメー叢書)

  • 作者: G.ドゥルーズ
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 1980/05
  • メディア: -



ベルクソンの哲学 (叢書・ウニベルシタス)

ベルクソンの哲学 (叢書・ウニベルシタス)

  • 作者: ジル・ドゥルーズ
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 1974/01
  • メディア: 単行本



ニーチェと哲学 新装版

ニーチェと哲学 新装版

  • 作者: ジル・ドゥルーズ
  • 出版社/メーカー: 国文社
  • 発売日: 1982/07
  • メディア: 単行本




G・ドゥルーズ/F・ガタリ   (本には未訳と記載)

アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症 (河出文庫)

アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症 (河出文庫)

  • 作者: ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2006/10/05
  • メディア: 文庫



千のプラトー―資本主義と分裂症

千のプラトー―資本主義と分裂症

  • 作者: ジル ドゥルーズ
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1994/09
  • メディア: 単行本



G・ドゥルーズ/M・フーコー

フーコーそして/あるいはドゥルーズ (1975年) (叢書エパーヴ〈5〉)

フーコーそして/あるいはドゥルーズ (1975年) (叢書エパーヴ〈5〉)

  • 作者: ドゥルーズ
  • 出版社/メーカー: 小沢書店
  • 発売日: 1975
  • メディア: -



M・ブランショ

文学空間 (1976年)

文学空間 (1976年)

  • 作者: モーリス・ブランショ
  • 出版社/メーカー: 現代思潮社
  • 発売日: 1976
  • メディア: -



J・ボードリヤール

消費社会の神話と構造 普及版

消費社会の神話と構造 普及版

  • 作者: ジャン ボードリヤール
  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 1995/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



誘惑論序説 (ポリロゴス叢書)

誘惑論序説 (ポリロゴス叢書)

  • 作者: ジャン・ボードリヤール
  • 出版社/メーカー: 国文社
  • 発売日: 1984/04
  • メディア: 単行本



シミュラークルとシミュレーション (叢書・ウニベルシタス)

シミュラークルとシミュレーション (叢書・ウニベルシタス)

  • 作者: ジャン ボードリヤール
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 2008/06
  • メディア: 単行本



象徴交換と死

象徴交換と死

  • 作者: ジャン・ボードリヤール
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1982/01
  • メディア: 単行本






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2009-06-18 [現代思想・入門]

【構造主義からポスト構造主義へ】に関する主要人物の解説とキーワード

コード化・超コード化・脱コード化
 微細な粒子の流れが、相互に結合しあい、分離しあいながら、方向を変え、増殖する過程を
 欲望と考える。 この意味で、欲望は生産されるものである。
 その社会的生産のモードを指し示す言葉。
 コード化   国家をもたない「未開」社会に対応している
 超コード化
  「未開」社会の上に、外から専制的な国家が到来し、親族、神話などを通じて、
  旧来のコードを破壊あるいは温存しつつ、垂直的統合関係に入ること。
 脱コード化   欲望の流れがそれを規制するコードから開放されること

脱属領化   領土を離れる運動。 その運動のベクトルが逃走線。
 自分の場所としての領土より、運動としての脱属領化のほうが本来的

ツリーとリゾーム
 ツリー   人間の思考や社会的組織のモデルとなってきた樹木状の組織形態
  超越的「一者」を中心とする。
 リゾーム   地下茎のような網状組織
  中心をもたず相互に異質な線が交錯しあい、多様な流れが方向を変えて伸びていく。

器官なき身体   構造や形や表象とは無関係に飛び交う粒子や流れそのもの
 器官へと分節化されず、ベクトルだけをもつエネルギー体
 
生成変化   フロイト流還元解釈からの解放
 生成(なること)   形をもたない粒子が速く、また遅く走る運動の総体
 
諸機械   形式化された構造に対する流れや動きそのものを復権する概念
 機械は固定的な枠組みをもたず、次々に連結され、増殖する。 

戦争機械   自分の欲望を生きぬく。 遊牧民に代表される。

強度   運動(たとえば音)の構成要素間の境位の差異

面立ち(心のより好み傾向)   われわれを無意識に規定する記号秩序

パラノとスキゾ   妄想症と精神分裂病
 これを分裂分析の立場から独自に位置づけ、社会や記号秩序の類型として考える。
 妄想症   既存の記号秩序のある中心へ強烈に歪められること。
  パラノ的   君主=神とする専制社会。 反動的。
 分裂病   社会やそれと結合している記号秩序を乗り越えようとする欲望の流れ。
  スキゾ的   遊牧民。 革命的。
          既存のコードを解体し、絶えず技術革新を進行する資本主義。






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2009-06-17 [現代思想・入門]

【構造主義からポスト構造主義へ】に関する主要人物の解説とキーワード

音声中心主義・現前・再現前
ディフェランス
グラマトロジー
アルシ=エクリチュール・代補・戯れ・痕跡
形而上学
「ノマッドの知―ドゥルーズとガタリのために」より、引用文(『他者の言葉』)
 以上、06-15 デリダ に追記

遊牧的/定住的
 世界史は国家(定住)の文明の興亡として記述され、遊牧民は粗野な存在として描かれる。
 遊牧/定住が対比され論じられるのは、定住農耕、国家というモデルから、
 思考を開放する必要があるのではないか?という文脈においてである。
 定住→パラノ→ツリー の現状と対比される 遊牧→スキゾ→リゾーム

多数多様体
 リゾームの近似的な特徴のひとつが、多数多様体であること。
 この多数多様性は、均質な量の大きさを意味しない。

 ベルグソンの数的多数性と質的多数性
  時間とは、それ自体、異質で分割不能な純粋持続である。
  物理的な分割によっては性質を変えられてしまう純粋持続に対応するのが、
  質的多数性である。
  均質で計量可能なものとしての空間の表象を適用された、均質な量的時間が
  数的多数性とよばれる。

 ドゥルーズは、ベルグソンの数的/質的多数性の区別に、中心化/非中心化、
 ツリー/リゾーム、切断/振動……といった二項関係をオーバーラップさせながら、
 異種混合的な空間にひしめきあい、それを満たすばかりでなく、分割されることによって、
 その性格を変えてしまうことに、その特徴を求めている。
 
 重要なのは、いったん、n個の流れへと分割され、それから加算される量的多数性ではなく、
 常にすでに、n個のまとまりとして存在し、分割されればその性格を変えてしまうような流れ
 としての質的な多数多様性である。
 この流れが、たえず変容しながら、まじり合い、かけ合わされ、増殖してゆく、
 その過程全体が、現実である。     (ゲーデル参照)

     




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2009-06-16 [現代思想・入門]

【構造主義からポスト構造主義へ】に関する中心人物の問題意識
ノマッドの知―ドゥルーズとガタリのために
 G・ドゥルーズ (1925-1995)   F・ガタリ (1930-1992)

遊牧民の知と実験としての生

遊牧民の知
 「天文学におけるブラックホールみたいだ、絵の白いキャンバスみたいだ、とは言わない。
 われわれは、領域性を失った、つまり自分の領域から引き離された用語を用い、別の概念、
 社会的作用としての『面立ち』に再び領土を与え直す(再属領化する」 (『対話』)
 「本が何によって作動しているか、何と連結されて、諸強度を通しあるいは通さないか、
 どんな諸多数多様体のうちに自分の多数多様体を入りこませ、それを変容させているか、
 どんな諸器官なき身体らとともにみずから器官なき身体を収斂させようとしているのか、
 といったことを問うてみるべきだ。 本というものは、外部によって、また外部においてしか
 存在しない」 (『千の高原』)
 「概念とはまったく音や色や映像のようなもので、強度があなた方に合っているかどうか、
 通じるかどうかだ。 ポップ哲学だ。 理解すべきもの、解釈すべきものは何もない」 (『対話』)

形=神の裁きと器官なき身体

欲望機械と精神分裂分析

脱属領化と実験としての生
 「これらの欲望人間は、ツァラトゥストラのようだ。 彼らは信じがたいほどの苦痛、めまい、
 病を知っている。 彼らは、自分を悩ます幽霊をも持っている。 彼らは一つ一つの身振りを
 くり返し発明しなければならない。 だが、このような人間は自由な人間として生み出される
 のである。 ―責任感をもたず、孤独で、歓びにみちあふれ、遂に、何事かをその固有の名の
 もとで、単純に口にし、行うことができ、許可を乞うたりしないような―。 何物をも欠如している
 わけではない欲望。 堰とコードを乗り越える流れ。 自我など指し示さない名。 彼は、ただ
 気狂いになるのを恐れるのをやめてしまったのである」 (『アンチ・エディプス』)



カフカ―マイナー文学のために (叢書・ウニベルシタス)

カフカ―マイナー文学のために (叢書・ウニベルシタス)

  • 作者: ジル・ドゥルーズ
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 1978/07
  • メディア: 単行本






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2009-06-15 [現代思想・入門]

【構造主義からポスト構造主義へ】に関する中心人物の問題意識
デリダの脱構築/差延的アプローチ
 J・デリダ (1930-2004)

ロゴス中心主義と形而上学
〈現前〉の哲学と声の優位
〈差延〉と〈根源〉
 「こうしてわれわれは―フッサールの明白な意図に反して―〔表象〕そのものを(略)反復の可能
 性に依存させ、そして最も端的な〔表象〕つまり現前を、再現前の可能性に依存させるにいたる。 
 われわれは〈現在の現前〉を反復から派生させるのであってその逆ではない」 (『声と現象』)
 「超越論的な〈意味されるもの〉の不在は戯れと呼ぶことができようが、この不在は戯れの無際
 限化であって、つまり存在論=神学と形而上学との動揺である」 (『グラマトロジーについて』)
1-1-1 より
 「形而上学の歴史は絶対的な〈自分が話すのを聞きたい〉である。 この無限な絶対者が自分
 自身にたいして自分自身の死としてあらわれるとき、この歴史は終結したのである。 差延なき
 声、書字なき声は絶対的に生きていると同時に絶対的に死んでいる」 (『声と現象』)
 「ロゴス中心主義とは、表音的文字言語(たとえばアルファベット)の形而上学である。 それは
 根本的には―謎に満ちてはいるが本質的な、またたんなる歴史的相対主義には接近不可能な、
 諸々の理由のために―このうえなく独自的かつ強力な民族中心主義であって、今日では地上
 全体に自己を押しつけつつあるのだ」 (『根源の彼方に』)
1-1-2 より
 「理性に頼らずには理性に反対することができず、理性のなかでしか理性に抗議することができ
 ない。 理性に固有の領野にあっては、われわれに残されているのはただ、戦略素と戦略に依拠
 することだけである」 (『エクリチュールと差異』)
5-2-2 より
 「真理は必要です。 ……真理は欠けている。 だから真理は必要なのです。 ……もし私が
 単に真理に反するような言説だけを口にすれば、その言説はただちに蒙昧主義的な諸効果、
 反学問的な諸効果を生じさせてしまうでしょう」 (『他者の言葉』)


【構造主義からポスト構造主義へ】に関する主要人物の解説とキーワード

差異・差延
 ロゴスその他が同一性をささえるのではなく同一性がロゴスその他の観念を生み出している。
 では、同一性、私が私であるとする根拠は、どこから発生するのか。
 そのようなものはない。
 意味が充足された私は、「いまここ」の私ではもはやない。 「いまここ」はたえず、その意味の
 充足を引き延ばされていく。
 差異は意味の充足した世界に表われるが、世界は意味の充足(同一性の根拠)を決して表わ
 さない。 ここには差延しかない。

脱=構築
 世界はすでに解釈されたテクストとして現前する。 テクストの連鎖は過去から未来へ続く連続
 体を構成するだけで、始源も終着もない。
 テクストの連鎖を自由に横断し、戯れること。 世界の始源や終着の幻想を構築するのではなく、
 そのずれのなかに世界の生成の瞬間を見いだそうとすること。
 脱構築は不断の戯れの実践を要求する。

音声中心主義・現前・再現前
 ロゴス中心主義
 ユダヤ・キリスト教では、ロゴスとは神の言葉(音声)
 音声ロゴス中心主義は現前性(いまここ)を特権化する。
 しかし、現前もすでに再現前である。

ディフェランス (仏語では差異も差延も発音は同じ)
 この世の表われは、時間的継起性、延期化作用のなかにその要因がある。
 世界は無数のエクリチュールのからみ合いとして存在する。
 いまここは、そのなかの痕跡にすぎず、絶えずくり延ばされて表われる何かにすぎない。
 この不断のくり延べ化を差延という。
 差延   差異があらわになることではなく、はじめから差異しかないことを示す。

グラマトロジー
 エクリチュール(書かれたもの)の学
 ソシュールの言語学を基本原理とした記号学を否定
  ラングにしろパロールにしろ、意味の現前を肯定しているため。
  記号過程において、意味は決して充足することはなく、たえず引き延ばされる
  ―差延化されるだけである。

アルシ=エクリチュール・代補・戯れ・痕跡
 何かの代わりになる何かであり、同時に何かを指し示す何か、という役割を演じるもの。
 いっさいの記号作用過程は諸差異の形式的戯れである。
 話されたものも書かれたものも、記号過程は記号の他の記号への関連づけにすぎない。
 はじめの記号も、他の記号によって関連づけられたものにすぎず、
 これを痕跡あるいは原(アルシ)=エクリチュールという。
 言語思考が絶えず欲望する意味中心化への欲望を演じつつ、その意味をズラし続ける作業
 ―差延化の表明、脱構築という作業に使用する概念なき概念であり、
 意味中心化を否定するのではなく、茶化す作業のための有効な武器となる。

形而上学
 形而上学への欲望が権力を生み、人の自由な思考を疎外する。


 感想: デリダは形而上学を批判した。
     言葉は現実を言いあてられないとした。
     それで、それから? が本書ではわからない。
     いつものように、いろいろ検索してみた。
     いつにもまして、わからない。
     批判すること、そのことが目的だったのかと思い始めている。
     はじめから差異しかなく、脱=構築(解体)し続けること。
     そこから生まれるものは何か。
     誰かのエクリチュールを脱=構築する。
     そのとき、自分が使う言葉に、どんな態度で臨むのだろう。
     言葉は、決して、自分と一致しないのに(デリダの言う「真理」って何だろう?)。
     そして、自分のエクリチュールもまた、脱=構築の対象なのか。
     エクリチュールは、際限無く、脱=構築され続けるのか。
     そこに、意味は存在するのか。
     著書を読めば、わかるのだろうか?
    

    
マルクスの亡霊たち―負債状況=国家、喪の作業、新しいインターナショナル

マルクスの亡霊たち―負債状況=国家、喪の作業、新しいインターナショナル

  • 作者: ジャック・デリダ
  • 出版社/メーカー: 藤原書店
  • 発売日: 2007/09/25
  • メディア: 単行本


  ↑ なか見!検索してみた。 とても困難に思えた。
  ↓ 参考図書


声と現象―フッサール現象学における記号の問題への序論

声と現象―フッサール現象学における記号の問題への序論

  • 作者: ジャック デリダ
  • 出版社/メーカー: 理想社
  • 発売日: 1970/12
  • メディア: 単行本



根源の彼方に〈上〉―グラマトロジーについて (1976年)

根源の彼方に〈上〉―グラマトロジーについて (1976年)

  • 作者: ジャック・デリダ
  • 出版社/メーカー: 現代思潮社
  • 発売日: 1976/09
  • メディア: -



エクリチュールと差異 上 (叢書・ウニベルシタス)

エクリチュールと差異 上 (叢書・ウニベルシタス)

  • 作者: ジャック・デリダ
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 1977/12
  • メディア: 単行本



ポジシオン

ポジシオン

  • 作者: ジャック デリダ
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2000/02
  • メディア: 単行本






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2009-06-14 [現代思想・入門]

4 ニーチェ、フーコー、ドゥルーズへの系譜
ドゥルーズ
 現代社会分析 『アンチ・エディプス』 『ミル・プラトー』
  人間の意味や価値のみなもととしての、欲望や意志のあり方を繰り込む。
  資本主義社会   「脱コード」の社会
   ニヒリズムが、形而上学などのかたちをとらず、孤立化した抑圧感として再生産される。
                                      抑圧感=〈反感ル・サンチマン〉
  ニヒリズムの克服
   個別化された〈反感〉のなかで方向を見失い否定的なものとなっている人間の「力(への)意志」
   を、能動的な質へ向け換えようとする。
   その指標のひとつが、精神分裂病(スキゾフレニー)と偏執症(パラフレニー)
  伝統的な形而上学がたてていた認識論の問題を、人間の意志や欲望の問題へと置き換えた。






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2009-06-13 [現代思想・入門]

4 ニーチェ、フーコー、ドゥルーズへの系譜
フーコー
 近代社会における「理性」の歴史 (『言葉と物』 『狂気の歴史』)
 社会や歴史のあり方は、常に権力的な意図をもった知的観点によって、配列され、切り取られ、
 秩序をもたされたものにほかならない。
 〈歴史〉とは、権力=理性によって構成されたフィクションにすぎない。

 歴史観   ニーチェから受け継ぐ
  客観的な歴史というものは存在しない。
  歴史とは、現在から振り返って見られた過去のことであり、ひとつの観点を必要とする。
  歴史は本質的に、すでにひとつの「解釈」にすぎない。

 「事実などは存在しない、ただ解釈が存在するだけだ」
 「定義することのできるのは、歴史をもたないものだけである」 (『道徳の系譜』)

ドゥルーズ   (0330-0401 再掲)
 ドゥルーズは彼自身のニーチェ解釈を通して(『ニーチェの哲学』)、さらに形而上学批判を押し進め
ようとする。p307 
 ①近代の形而上学をその問題において問わず、むしろその「起源」を問うという方法
  「系譜学」からわかること
    認識論の問題の裏には、「道徳的」なモチーフが隠されていた(『道徳の系譜』)。
    形而上学の問題のほんとうの動因は、認識の問題ではなく、「禁欲主義的理想」である。
  ニヒリズム  
    世界の存在の意味や理由を司っていた神の死。
    近代形而上学(合理的な理性の働きを土台とした)は、神に託されていた問題を肩代わり。
    「なぜ世界が存在するか」「なぜ人間は生きているのか」という問題を
    世界の客観的認識、普遍的認識が可能であるというかたちで表現せざるをえなかった。
    だが、こういった近代形而上学のモチーフは、根本的にニヒリズムである。
  「認識と生との対立」
    ニヒリズムという言葉が意味しているのは、世界の全体、
    あるいは世界の意味が何であるのかについての、完全な答えを欲してしまう心の動き。
    この心の動きは、「生きること」そのものがもっている無秩序性に直面しえないで、
    常に世界を整理されたものとして見ようとする一種の弱さからきている。

   認識と生との対立、二つの世界の区別は、その真の性格をあらわにする。それは道徳的起源
  をもつ区別であり、道徳的起源をもつ対立である。 (『ニーチェと哲学』)

   近代的な知の欲望は、弱さ=ニヒリズム=道徳という真の起源をもっている。(ドゥルーズ)

 ②認識や真理を問わないで、意味や価値の源泉はなにか、と問い直す。
  「意志への哲学」
    ニーチェの「力(への)意志」(ドゥルーズによる表記)という概念を援用しながら、
    意味や価値が生み出される源泉を問う。
  「力(への)意志」
    なにかを知るということは、たんに客観的な認識と対象の関係があるのではなく、
    すでにものごとに対する意味づけや価値判断の契機が働いている。
    この意味づけや価値判断のみなもとになるのが、人間の「力(への)意志」。
    たんに力の大きさではなく、「力の質」が重要な問題。  





 
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2009-06-12 [現代思想・入門]

1 あらゆる形而上学的なるものへの批判! (再)


 参考: 『カント』   岩崎武雄 著
     序論 カント哲学の背景と意図
      1 近世哲学の特徴
       (1)人間的立場の発見
       (2)自然科学の確立
       (3)学問的要求と世界観的要求との対立
      2 カント哲学の意図

     近世における自然探究の方向の転換
      本質から法則へ   「何故に」という問いから「いかにして」という問いへ
     自然探究が学問となり得た理由
      実証性の獲得
      数学の使用
     デカルト 大陸合理論 演繹的推理 の欠陥
      大前提の中に含まれている以上のものを結論として取り出してくることはできない。
     イギリス経験論   経験を超越したものについては何等の認識も持ち得ない
      形而上学の否定
      自然科学的認識の確実性をも疑う

     哲学   世界観的要求を持つがゆえに、従来、形而上学でなければならなかった
      世界観は、人がこの世界で生きてゆく以上必要とされる。 また、
      価値評価と結びつくものであり、価値評価を行うためには、
      世界の本質が何であるかというような問題が、解決されなければならない。

     世界観(形而上学的思惟)的要求と学問的(実証的)要求との対立

     カント
      合理主義的地盤に立っていたが、ヒュームによってその「独断の夢をさまされる」。
      懐疑論的帰結に止まるには、世界観的要求が強すぎた。
      「形而上学の全面的な革命を企てる」ことによって、形而上学を
      (学問的認識と矛盾しない)「学問の確実な道にもたら」そうとした。
     カントの批判哲学の意図
      世界観的要求と学問的要求との調和統一


 感想: なぜ形而上学は批判されたのか。 を考えるためには、
     そもそも、形而上学とは何なのか。 をもっと知らなくては。 と、わき道に。
     わかったのは、自分の根本的な動機が世界観的要求だということ。
     「3 デリダと脱構築という概念」を読むには、あまり関係なかったかな、ということ。
     思い返してみれば、わからなくて当惑したのは、
     デリダが批判した。 それで? ということだった。
     外堀から・・・と思ったが、形而上学は、埋められるようなものではなかった。
     本文中にある、
     「デリダは、ヨーロッパのこういった理性信仰を、端的に〈形而上学〉とよぶ」を
     デリダの批判対象としての形而上学の定義として、先に進もうと思う。

     『カント』の「結び カント哲学の現代的意義」も興味深い。
     現代とは初版時1958年。 サルトルの『弁証法的理性批判』が1960年。
     実存主義が大きな思想の潮流とある。 対するのは、分析哲学。
     2009年のいま、世界観的要求と学問的要求との関係がどうなっているのか
     ということも、おもしろそうだ。
     わかったといえば、高校の物理でつまづいた理由。
     「何故に」と問うて、当然わからず、先に進めなかった。
     「いかにして」と問い方を転換して、解法を覚えるべきだったのだ。



カント

カント

  • 作者: 岩崎 武雄
  • 出版社/メーカー: 勁草書房
  • 発売日: 1996/10
  • メディア: 単行本






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